ガラケー時代に、電話が着信したら光るアンテナを使ってた人・・

いましたよねぇ・・?

 

あれになれると、もしかしたら

スマホでも同じように光って着信を教えてくれたら・・

 

と思う人もいるかもしれません。

 

iPhoneでも、着信の通知でフラッシュを光らせる方法があります。

また、すでに設定したけど消し方がわからない人も同じところを確認してみてください。

 

 

iPhone着信通知時、フラッシュが光る設定

 

設定 > 一般 > アクセシビリティ

 

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ここの「LEDフラッシュ通知」をオンにするだけ

 

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これで、着信するたびに光ります!

 

ただ、光るとまずいシチュエーションもあると思いますので

設定の際は十分ご注意を。

過去作も含めてすべてプレイできるのは嬉しい!!

それもディスク1枚で!!!( ;∀;)

わざわざ話変わるごとに切り替えなくていいってことですよね?

また発売日伸びたりしませんよね?笑

フレームレートもPS3版の時から向上。

全作品においてプレイ部分はすべて60fpsになるようですので

カクカクしてた部分も改善されるのかな

それまではファイナルチャプター遊びまくって

楽しみにまっているぞおおおお( *´艸`)


PS4向けに2017年3月9日発売決定




光

  • 宇多田ヒカル
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

今まで取り上げてきたコイルとコンデンサによる回路にアンテナとアースが
繋がっています。こおではコイルは特にアンテナコイルといいます。また、
コンデンサは容量を変えられる(バリアブルコンデンサ、略してバリコン
ようになっています。空中を飛んできた無数の電波をアンテナが捕らえ、
アースに流れると(電波は交流なので実はものすごいスピードでアンテナと
アースの間を行き来する)、コイルに交流の電流が流れるので、この回路に
交流電圧を加えることになります。ですからその周波数がコイルとコンデンサ
固有の周波数に合致した場合は、P、Q間に大きな電圧を生じます。これが
同調回路です。バリコンの容量を変えれば、固有の周波数を変えられるので、
お望みの周波数の電波を捕らえることができるというわけです。

同調路図

でも100万人の愛よりこやまひとりの愛がほしいんでしょわかってる

和泉美沙希ちゃん関連ツイート(動画、画像)Part8 です。

 

MRTホイクワン駅
ห้วยขวาง
Huai Khwang Station

 

国:タイ
都市:バンコク
エリア:ラチャダーピセーク
通り:ラチャダーピセーク通り

 

●1番出口

 

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MRTタイランドカルチュラルセンター駅方向
(ラチャダーピセーク通り)

 

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MRTスティサン駅方向
(ラチャダーピセーク通り)

 

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●2番出口

 

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MRTスティサン駅方向
(ラチャダーピセーク通り)

 

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●3番出口

 

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MRTスティサン駅方向
(ラチャダーピセーク通り)

 

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MRTタイランドカルチュラルセンター駅方向
(ラチャダーピセーク通り)

 

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●4番出口

 

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ラチャダーピセーク・ソイ13方向

 

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MRTスティサン駅方向
(ラチャダーピセーク通り)

 

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MRTタイランドカルチュラルセンター駅方向
(ラチャダーピセーク通り)

 

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【MRTホイクワン駅周辺地図】

 

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前回の記事で、なぜ英語が苦手な日本人が多い?のか考えてみた。

 

私が考える日本人が英語を話すのが苦手な理由

①カリキュラムの問題

②性格的な問題

③意欲の問題

④環境の問題

 

今回は①カリキュラムの問題 について考えてみたい。

日本語における英語教育は、戦前の流れをくみ、読み書きが中心であると言わざるを得ない状況だ。

日本がまだまだヨーロッパに技術の面で遅れをとっていた頃、必死にヨーロッパから最新の技術を学ぼうとしていたに違いない。

簡単に海外に出掛けることができない時代、主に新しい知識は書物という形で取り入られただろう。

英語を読んで理解することは、知識人にとって重要だったはずだ。

もちろん読解力はどんな言語でも必須だが、だからと言ってスピーキングをないがしろにしてこの国際社会を生き延びられるはずもない。

文科省もそれに気づいているし、国民も気づいているはずだ。

しかし、また「今までも大丈夫だったんだし、これからもこのままで大丈夫だろう」という事なかれ主義が後を引き、このような環境を作り出したのではないだろうか?

 

人間はどうしても変化することに億劫になる。

社会もそうなのかもしれない。

(戦争などで、強制的に変わらざるをえない場合は除く)

現状を打破するためには、変わる勇気を持つことも重要だ。

 

つづく

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マジでタイヤセット出たw

END

このところよく行く市場の定食屋。

 

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備前食堂さん。

 

今日は豪華に海鮮丼を。

昨日の夜は、ところてんダイエット。

朝も小さなパン1つ。

 

 お昼を食べて夜を少しにしよう。

 

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名物海鮮丼 1200円

 

この内容なら安いでしょう、

1度頼んでみたかったので、今日は豪華に。

ブログの為だ(笑)

 

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刺身がかなり乗ってます。

御飯は残しましたよ。

我慢我慢。

 

 

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こちらは備前定食。

人気メニューです。

牛スジコロッケとメンチカツ

700円

 

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チキン南蛮定食

 850円

これは太るやつです。ボリュームがやばいやつ。

先週食べたやつです。

 

いつも書きますが、岡山に来た時は是非!

 

 たまには食べ物も書かないとね。

 

では。

 

 

 

 

 

私たちは、欲しい物がどんどん手に入る生活こそ裕福である、
という価値観の中で生きてきたのではないだろうか。
 
そこには「手に入らない生活は貧しく、不幸だ」ということを孕んでいる。
では、世界的にみたときに、ものを手に入れていないひとは不幸なのかというと
必ずしもそうではない、ということに気づく。
 
それに、ほしいものを手にいれるためにはお金が必要になる。
お金を得るためには競争に勝利したり、人を騙したりすることもある。
そこには醜い人間関係が生じうる。
 
そうまでして、私はお金を手に入れたいとは思わない。
 
ウルグアイのムヒカ大統領の本を読んでいる。
彼は世界でもっとも貧しい大統領として、清貧な生活を送っている。
 
そういう人はえてして、田舎に住んでいる。人口が少ないところだ。
 
なんとなく、そこに答えがある気がする。
 
なまじ、人が多いと、人と比べる。
そして、劣等感を抱いたり、優越感を抱くために着飾ったりする必要が出て来る。
毎日、好きなひととだけ出会う生活ならば、
特別に着飾る必要はない。
なぜなら、外見でそのひとの価値は何も変わらないからだ。
 
昔たとえば「ザ・シェフ」という漫画があった。
そういう本に出て来るのは、
みすぼらしい格好をした客人にどういう対応をするか。
実は、ホームレスの格好をした社長だった。というようなよくある話。
 
この話が私たちに示唆するところは、大きい。
外見はどうでもいいとおもう一方で、
外見に左右されてしまう。
お金に左右されてしまう。
そんなことが、都会での生活では容易に起こるのだ。
 
なぜなら、都会では、より高い商品を、たくさん売る必要がある。
そのために、珍しいもの、かっこいいもの、綺麗なものをつくるひとがいる。
そしてそれを買うひとがいる。
それ自体は問題ないように見えるし、悪いことではない。
 
けれど、いつのまにか、服を買っているようでいて、
服を着ているようでいて、実はひとよりも優越感を感じるために、
自分のプライドのために買うひとがでてくる。
けれど、そういうひとに売ってまでも、売り上げを上げたい。
儲けたい。そんな遠心力が働いていくのが、資本主義という社会。
なぜなら、「欲しい物がどんどん手に入る生活こそ裕福である」という価値観だからだ。
 
このままこの社会構造に与していていいのか。
そんな違和感を感じながら、私はムヒカ大統領の本を読む。
私も清貧でありたい。そして、人と比べずに、幸せを感じながら生きていたい。
そういう社会を身の回りで好きなひとたちとつくっていきたい。そう思う。