春の島根を旅してきました。

親友の優春翠が関東と山陰を行ったり来たりするようになり、私も年1回のペースでお邪魔しています。積もる話がたくさんあるし、島根は良質な温泉の宝庫。今回は温泉津(ゆのつ)温泉を満喫してきました。

島根は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が惚れ込んだ地ということもあり、何度でも訪れたくなるのです。

『日本の面影』には、来日した一日目の体験として横浜の小さなお寺の訪問記があります。

新編 日本の面影 (角川ソフィア文庫)

新編 日本の面影 (角川ソフィア文庫)

  • 作者: ラフカディオ・ハーン,Lafcadio Hearn,池田雅之
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2000/09/18
  • メディア: 文庫
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小泉八雲を招き入れた老僧は、一枚一枚障子を開けて真鍮の仏具などを見せてくれます。ハーンはご本尊を探したのですが、そこに見えたのは鏡だけでした。

 よく磨かれた金属の青白い円盤の中に、私の顔が映っている。そして、その私らしき鏡像の後ろには、遠い海の幻影が広がっていた。

 鏡だけなのだろうか! これは何を象徴しているのだろうか。幻影なのか、それとも、宇宙はわれわれの魂の反映としてのみ存在するということなのか。それとも、仏は自分自身の心の中に求めよという、中国古来の教えなのだろうか。

西洋社会では自分の居場所を見つけることがむずかしかったハーンが、小さなお寺で鏡に映った己の姿を見ることは、日本で自分を再発見することが暗示されています。

その後のエピソードにも心打たれます。
靴を履いて帰ろうとしているハーンに親切な住職が再び近寄って来て、お辞儀をして椀を見せました。ハーンはお布施用の鉢だと思い、あわてて硬貨を入れました。
しかし、それは白湯の入った椀だったのです。

「老僧の気遣いで、間違いを犯したという気まり悪さを感じないで済んだ」とハーン。
老僧は、黙ってやさしい笑みをたたえたまま、その椀を下げ、まもなく別の空っぽの椀を持ってきて、小さなやかんからお湯を注ぐと、ハーンに飲むように目くばせをした。

寺では参拝者にお茶がもてなされるのに、この小さな寺はかなり貧しいのだろうとハーンは考えます。明治の時代ですから、今とは比べ物にならないぐらい外国人の存在は珍しかっただろうに、精一杯もてなそうとする気遣いのすばらしさ。ハーンが大の日本びいきになったのも、こんな体験があったからでしょう。

今回の島根の旅も、出会いに恵まれ、これからの人生で自分は何をしたいのかを確かめるきっかけとなりました。

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出雲大社の参道はゆるやかな下り坂。ハーンが外国人初の正式参拝者として歩いた道だと思うと感慨深いものがあります。